全力狼少年

「おお、紙がないぞ!」

トイレの中なら悲劇の幕開け、

デマと判明した後も朝早くから

ドラッグストアに並ぶ光景は喜劇そのもの。

 

 

 

 

下らないデマを流し混乱を招いたこと

自体は非難されて然りだと思う。

しかし、冷静な判断が出来ず

復旧を遅らせた当事者である人々には

声高に狼少年を非難する資格は無い。

 

 

 

 

嘘をついて人を困らせることと、

嘘に踊らされ、我が身可愛さから我先にと

買い占めへと走り品薄状態を長引かせる、

どちらが迷惑な行いなのだろう?

 

 

 

 

ここでふと思った。

狼少年とは一体、何者だったのであろう?

混乱を高見から眺めせせら笑うソシオパス?

そうとは思えない、いや、思いたくないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狼少年の童話には不可思議な点がある。

 

 

 

 

単なるウソつき少年が狼に喰われて終わり、

ウソに慣れた村人がいざという時に

ぱっくんちょ。物語の結びは大抵こうだ。

 

 

 

 

ウソは自分の身を亡ぼすだとか、

災害は忘れたころにやってくる、

長年語り継がれる物語にしては

この程度の教訓はどうにも

薄っぺらくて腑に落ちぬ。

 

 

 

 

そもそも

なんで村人達は同じ様な嘘に

何度も何度も踊らされるのか?

 

 

 

 

少年の言葉には人々を動かすだけの力が、

それ程の説得力があったのだろう。

これは少年が村の中である一定の信頼を

勝ち得ていたことを窺わせる。

 

 

 

 

失うのは容易ではあるが獲得するには

これ以上、大変なものもないであろう信頼。

日々の生活の中で少年がどれほど村のために

尽力してきたのか計り知れない。

 

 

 

 

そうして勝ち得てきた信頼を

一瞬で失うリスクを冒してまで

「狼が出たぞ~!」

少年が叫び続けた理由とは何だったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは和らいだ夜風に銀色の月灯りが

やさしく揺れている晩のことだった。

 

「それで話って何ですか。村長。」

 

急な呼び出しであったことから

深刻な話題であろうことは容易に想像できた。

 

「急にすまんの。・・・・・

 お前さんには回りくどい言い方は必要

 ないな。・・・・・・・

 ワシはもう長くはない。そろそろ次の

 後継者を探そうと思ってな。」

 

「何を言ってるんですか・・・・・

 そんな辛気臭いこと・・・・」

 

「カッカッカ、その優しさと

 察しの良いところ、さすがじゃな。

 ・・・そんな優しさにつけ込む様で

 心が痛むがな、お前さんに頼みがあるんじゃ。

 お前さんが成人していれば問題はないんだが

 ワシが望もうとも後継者としては

 周りの賛同を得られまい。

 そこで、お前さんには

 次期後継者の査定を頼みたいんじゃ。」

 

「無理ですよ、僕にはそんな大役。」

 

「自分を過少評価するのはお前さんの

 悪いところじゃよ。大丈夫、皆からの信頼も

 厚いお前さんの目は確かじゃよ。

 頼む、ワシからの最期のお願いじゃ。」

 

「・・・・・わかりました。

 でも具体的には何をすれば良いのですか?」

 

「人の本質は危機的状況下において

 初めて明るみに出るものじゃ。そこで

 ある状況下における候補者の行動観察を

 して長たるものとしてふさわしいのか、

 それを判断して欲しい。

 例えば・・・・・・・・・・・」

 

 

その方法を伝える村長の目に贖罪にも似た

迷いの色が浮かんでいることは

薄暗い室内の灯り越しにもはっきりと

見て取れることが出来た。

だからこそ、即答で快諾することが

最善の恩返しであることを少年は知っていた。

 

 

 「成程、わかりました。

 その役目、全力で努めさせて頂きます。」

 

「・・・すまんの。

 後で事情を打ち明けたとしても、

 この役を頼めば一時的とはいえお前さんの

 立場が悪くなってしまうと、

 分かってはいるんだが、信頼出来る人間が

 他にいないばかりに・・・・」

 

「大丈夫です、村長。

 また一つ一つ、時間をかけて積み上げて

 いけばいいだけのことですから。」

 

 

少年がついた優しいウソは

この時が始まりだった。そして夜が明ける。

 

 

青く澄んだ空に映える小高い丘の上、

少年は村へと全速力で駆けていく。

「狼が出たぞ~」

恩人の為だけにウソを声高に叫びながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想染みた少年の背景の真偽はともあれ

祈りにも似た少年の声が時を越え

我々のもとに届くことはなかった、

これだけは確かなようだ。 

 

 

 

 

目先の利益を優先し、買い占めに走る人々、

サルでも解る見せかけだけの感染者数、

表面化していない感染者数を見ないものとし

紛い物の遅れた対応を指示する大人たち、

少年の目にはどの様に映っているのだろうか?

 

 

 

  

小高い丘の上から見下ろす少年と赤ずきん

少し悲しい目をして残念そうに笑う。

「狼なんて怖くないのにね。」

そんな声が聞こえてきそうな桜の季節の始まりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トイレットペーパーが切れたトイレにて

少しばかりの絶望感と

ウォシュレットの恩恵を感じながら、

そんな戯言を考えていたとさ、ロダンばりに。

 

 

 

 

開発者に感謝の意を表してこの文章を記す。

 

 

 

 

そして品薄のせいなのか補充し忘れなのか、

定かではないがペーパー切れを招いた輩に

どうか天罰を。

 

 

神よ、シングル・ロールの様に

薄っぺらなこの願い、どうか叶えたもれ。

 

 

 

 

 

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