古びた桃を絞ってみれば

 

 


心のギアはニュートラルに入れておく。
前進・後退、あらゆる方向に柔軟に対応出来る様
カーラジオからそのシンガーは唄っている。
少しハスキー、力強くも繊細な歌声で。

 


「僕たちはお伽話に毒されていたんだ。」

 


危機的状況にはヒーローが、
眠れるお姫様には王子の口づけ。
結末はいつでもハッピーエンド。
でも現実は常にそうあるわけではない。

 

 


勧善懲悪な場面は画面の向こうのお話で
待てど暮らせどやってこない白馬の王子。
自分一人の力で困難を切り抜けるんだ、
そんなことを全力で謳うお伽話は多くない。

 

 

 

こんな時代だからこそ、
少しだけ年老いたシンガーの歌声には
強い説得力が宿り耳の奥に届く。
それでも思ってしまう、願ってしまう。

 

 

僕たちにはお伽話が必要なんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 


メーデーメーデー
 こちらチャーリー1。敵襲!敵襲!
 奴らはポイント23を突破!
 至急、増援願います!増・・・・
 ・・・ぐわーッ!・・ッツー、ッツー

 

 

 


「Shit!・・・どうやら我々は
 ヤツラを見くびり過ぎていた様だ。」


すでに殲滅されたと思われる
防衛部隊の一報を受け、
砦の中では緊急対策会議。


「徴兵の段階では取るに足らない戦力と
 思い込んでいたばかりに・・・」


赤鬼が溜息を尽きながら絞り出すように語る。
その声色には諦観の色が濃く浮かんでいる。


「いや、我々の最大の敗因は
 指令系統を見誤っていたことだろう。
 真っ先に叩くべき対象をな。」


黒鬼がイラつきを抑えきれず
金棒をへし折りながら話を続ける。


「ピーチマン、やつじゃなかったんだ。
 本当の黒幕はな。」


「そんな!? 奴が声を掛け編成された
 部隊じゃないですか?ヤツが頭じゃなきゃ
 一体、誰なんですか?」


偵察の任を担っていた青鬼は己が失態を
責められている様な気分を打ち消すように
捲し立てる。


「よく考えればおかしいとは思わないか?
 たかだかキビ団子というレーション一つ
 が報酬の傭兵部隊なんて?
 有り得ないことだ。」


黒鬼は苛立ちを隠す様子も見せずに
半分になった金棒を足蹴にしながら
話を続けた。


「浅慮だったのだよ、
 ピーチマンを交渉術に長けた優秀な将で
 あるとの思い込みが我々の目を曇らせた。
 ヤツも所詮は黒幕の駒の一つに過ぎない。」


「勿体ぶった言い方はもう沢山です、
 一体、誰なんですか?我々の真の敵は?」


黒鬼の独り言の様なものの言い方に
痺れを切らした青鬼が食って掛かりそうな
勢いで問い詰める。


「黒幕はお供の3匹の中にいる。
 正体を暴くカギは・・・報酬だ。
 先ほども述べたように命を懸けるには
 おかしいくらい安価なキビ団子。」


「少し考えてみてくれ。
 雉・・・まあ、わからなくもない。
 穀物はヤツにとってはご馳走の一つだ。
 サル、こいつは何でも食う、
 質より量って感じの食いしん坊。
 食い物であれば種類は問わない。
 じゃあ、犬はどうだ?」


「ヤツも雑食とはいえ好みは動物性の物。
 穀物団子に尻尾をふって命を懸ける?
 とてもじゃないが理解出来ない。
 ヤツがこの部隊の本当のボスだったんだ。」

 

話終えると黒鬼は全身の力を抜いて
背もたれに身を任せた。


「そんな・・・・・でも、この襲撃は
 ピーチマン発案、辻褄があいません。」


赤鬼がまだ信じられぬといった様子で
黒鬼に尋ねる。


「発案はそうなのだろう。
 しかし、ピーチマンとはいえ人の子。
 つらい旅の中で決意揺らぐことも
 あったはずだ。そんな時でも
 この旅を続けるよう焚きつけることが
 出来たのは犬しかいなかった。
 あの手この手で盛り立てたのかもしれない。
 何より分かっていたのさ、犬の奴は。」

「俺の言葉には逆らえないって、ね。」


「一体、どうやって
 主従関係を逆転させたというのですか?」

 

赤鬼の声は震えていた。

 

「逆転させる必要はない。
 行動をコントロールするにはな。
 所謂、返報性の原理だよ。」


”特に自分にとって価値のある報酬では
 なくても私は貴方の要求に応えた。
 私もその気になっていた。
 もう、引き返せないですよね?太郎さん。”


「そんなやり取りがあったのかもしれないな。
 いや、なかったとしても無言の圧力を
 感じていたのだろう、太郎はな。
 自覚すら出来なくても支配されていた、
 心も行動もな。」


「ヤツの真の目的が何かは解らないが、
 結局、この戦争はヤツの掌の上の
 出来事であることは確かだ。
 このことにもっと早く気づけ・・・・


ギギギギギ・・・

 

黒鬼の言葉は扉が開く音にかき消された。
扉の向こうに見える4体のシルエットの影が
鬼たちの足元にまで長く伸びていく・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


お伽話はやっぱり必要でしょう?
0から生み出すことは大変だが
1を2や3にすることはお手軽だ。
妄想交じりのサイドストーリーを考えるのは
どこでも出来る最高の暇つぶし。
お籠り生活で鬱々とした気分になった時、
大喜利感覚で楽しめれば
少しは笑って過ごせるかもしれない。

 

 

それを一般には現実逃避と呼ぶのだろうけど。

 


どんなお話もサスペンスアクション風に
味付けしたくなることを考えると
どうやら僕は休日に朝から晩まで見続けた
海外ドラマにも毒されすぎているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つの物語を眺めてみても
視点を少し変化させるだけで
幾つものストーリーが広がっていく。
脇役が主人公になる世界さえも。

 

 

ヒーローに助けを求める声が届かぬとも
白馬の王子が来なくても
一人立つ力さえ失われた時に
絶望の淵で膝を抱える必要はない。

 

 

名前も無い村人Aや通行人Bが
さりげなく手を差し伸べてくれる、
そっと背中を押してくれる、
そんな世界もきっとどこかにあるはずだから。
目を閉ざさずに見方一つ変えるだけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


人生の岐路に立つ度に
Donの歌声が問い詰めるように諭す。

 

"This is the end of innocence"

 


「だからこそ、力をつけるんだ。 
 躊躇わず手を差し伸べるようなる為に」

カーラジオから繰り返し流れるフレーズは
僕の耳にはそう聞こえた。

 

 

 

 

 

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