アインシュタイン、嘘つかない。


「人生に必要なものは勇気と想像力、

                            そしてほんの少しのお金。」

 

 

2000万円もの老後資金が必要になるとは、

かの喜劇王も肩をすくめて苦笑いしていることだろう。

もちろん私にはそんな「ほんの少しのお金」さえなく、

「勇気」に関しては丸顔ヒーローの数少ない友人であるが故、

私が奪うのも酷と言うものである。

 

 

 

さて、残されたのは「想像力」である。

今日はそんな想像力にちなんだ少し不思議なお話。

 

 

 

子供の頃私は所謂団地に住んでいた。

ずいぶんと昔のことなので、

現代の希薄なご近所関係とは異なり、

小さなコミュニティ内においては

子供同士はおろか親同士も皆知りあい、

そんな環境であった。

 

 

 

 

あれは幼稚園年少組のことだった。

当時、私が通っていた幼稚園でもご多聞にもれず、

幼稚園界隈では恒例の行事であろう園児たち

による園内発表会なるものが開催されていた。

 

 

 

キラキラした瞳で舞台上にて踊りや歌を

披露する園児たち、我が子の勇姿を

潤んだ瞳で見つめる親たち、

そんなイベントでの出来事。

 

 

 

 

イベントは大きな喝采の中、

最終演題である「大きくなったら何になりたい?」

という園児たちによる将来の夢発表へと突入していた。

園児たちは口々に「ケーキ屋さん!」

「お花屋さん!」「パイロット!」など

子供らしい夢を次々に語っていった。

 

 

 

その度に巻き起こる割れんばかりの拍手、

涙腺崩壊寸前の保護者一同、

会場のボルテージは最高潮に達しようとしていた。

そんな中、同じ団地に住んでいたM君へと

発表の順番が回ってきた。

 

 

 

先生からの紹介を受け、

M君はマイクに向かって元気よく

満面の笑顔で夢を語った。

 

 

「ぼくはおおきくなったらライオンになりたいです!」

 

 

一瞬、暖まりきっていた会場の空気が

ぬるま湯の様な温度感まで下がっていった

ことをよく覚えている。

会場からは子供特有の馬鹿げた夢に対する

拍手と笑いが沸き起こっていた。

 

 

 

「可愛いわね~」と笑いながら口にする保護者もいた。

その笑いの中には無意識的な嘲笑も含まれていたと思う。

 

 

 

子供ながらに私も「こいつ何言ってんだよ。

ライオンて動物じゃん、なれる訳ねーだろ」

と思い、M君を心の中でバカにしつつも、

それと同時にもう一つの感情も抱いていた。

 

 

 

 

その感情は幼かった私には言語化すること

の出来なかった感情であったが大人になった

今ならピッタリの言葉で表現することが出来る。

 

 

 

「こいつロックだ!」

 

 

 

可能か不可能かなんて関係ない、

衆愚に合わせず己の考えを主張する逞しさ、

「好きな物は好きなんだよ、文句あるか!」

マッキーなら思わず抱きしめてしまう純粋な気持ち、

どれもこれも大抵の大人達が成長と引き換えに

知らず知らずの内に失っていくカッコよさが、

夢を語った彼の言葉には含まれていた。

 

 

 

 

自分には無いスタイルを持っている

彼に対する劣等感。

非現実的で的外れな回答をしたことへの

嘲りの感情が入り混じり、

この出来事を強烈な印象を有したまま

深く私の記憶へと刻んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


時は流れ学生生活の終わり、

実家に帰省していた私は母上と

昔話に花を咲かせていた。

 

 

 

「T君は今、静岡に住んでるんだって」

「S君はサッカーで全国までいったそうよ。」

など団地内の旧友に関する話題で盛り上がっていた。

 

 

 

その流れの中、

「Mちゃんはもう結婚ですって、

 ・・・・・アンタはいい人いないの?」

母上は避けたい話題を空気を読まずに放り込んできた。

 

 

 

「そんな相手がいたら

 今頃茶の間でオバハン相手に無駄話なんか

 してないで卒業旅行がてら京都あたり

  でしっぽりヨロシクしてるよ。」

 

 

 

喉まで出掛かった親子バトルの火種を

すんでのところでグッと飲み込む。

危機回避の達人である私は話題を変えるべく

咄嗟に別の旧友について話を振ってみた。

 

 

 

「あっ、Mちゃんで思い出したけど

 Mちゃんと同じ3号棟に住んでいたM君、

 あいつ今どうしてるんだろうね、知ってる?」

 

 

 

例の園内発表会でのエピソードを交えれば

母上も話しに乗っかり盛り上がり、

結婚云々の話題なんぞすぐに忘れてしまうだろう、

そう思っていた。

 

 

しかし、母上からは予想もしなかった答えが返ってきた。

 

「M君て誰?」


ついにボケたか、こりゃ介護も視野に入れて

地元での就職先を探さなきゃいけないかな、

なんて思いつつ話題が戻っては困ると思い食い下がる私。

 

 

「いやいや、M.S(M君のフルネーム)だってば。同い年の。」

 

「そんな子いないでしょ。」

 

少しだけ背筋が寒くなった。

 

説明を加えると母上はボケてはいない、

さらに記憶力は抜群であり団地内の子供会の役員を

ずっとやってきたので団地内の子供に関しては

ほぼ全員のことを熟知していた。

 

 

 

私に関しても、

自画自賛にはなるが記憶力には自信がある。

無論、幼稚園時代のことについても

はっきりとした記憶を残している。

 

 

 

 

当時、園舎の建て替え工事を行っており

敷地内の体育館に仕切りを作り教室として

使用していたこと、クラス担任の先生の名前と顔、

年少組の担任は嫌味なババアで、

年長組の担任は優しく私の初恋の人であること。

 

 

 

 

団地内に住んでいた子供についても同様。

名前も顔も全員はっきりと思い出せるのだ。

M君に関しても例外ではない。

3号棟に住んでいたこと、小学校に上がる前に

引越していったこと、おそらく軽度発達障害

有していたことなどしっかりと覚えている。

 

 

 

 

後日、団地内の幼馴染にもM君について

尋ねてみても同様の答えが返ってきた。

 

 

「誰それ?知らない。」

 


M君はイマジナリーフレンドであったのだろうか?

おそらく現象でとしては合致する部分も多いだろう。

しかし、私は彼を団地内の子供であるとは

認識していても「友人」としては捉えておらず、

一緒に遊んだという記憶も無い。

 

 

 

 

それ故、彼に関するエピソードについても

断片的な物が多く実在の古い知人の記憶

と考えるほうがしっくりくるのだ。

 

 

 

 

ただ、一つ気がかりなのは団地内のガキ共の

顔は今でも鮮明に浮かべることが出来るのに、

M君の顔だけは輪郭だけはハッキリしている

もののどんな顔立ちだったかはモヤがかかった

様な感じで鮮明には思い出すことが出来ないのだ。

 

 

 

 


M君、今頃君は夢を叶えて

サバンナの草原を駆け巡っていることだろう。

 

 

 

僕はと言えば

ライオンどころかライアンにすらなれずじまい。

王宮の戦士(公務員)でもなく、

ホイミン(お嫁さん)も隣にいない、

孤独な薄給の戦士。

 

 

 

 

もし、また君に会えることがあったのなら、

あの会場にいた保護者達が湛えていた様な

嘲笑の入り混じった笑顔ではなく、

真っ直ぐに自分の夢を語る事の出来る少年に

対して敬意を抱いた笑顔で君に会いたい。

 

 

 


何は無くとも

せめてそんな大人でありたいと思った露寒の夜に。

 

 

 


  

 

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