Train-Train  Rain-Pain

 

 

もう8月にもなろうというのに

いつ明けるのか見当もつかぬ

コロナ騒動と梅雨空。

拭いきれない憂鬱と不安、

延々と続く曇天と涙雨。

 

 

 

 

手放せなくなった傘を鞄の中に忍ばせ、

車に乗り込む。エンジンをかける前の

一時の静寂を楽しもうにも雨音の

ノイズがウィンドを叩き邪魔をする。

 

 

 

 

出発前に空白の時間に浸るのを諦め、

キーを回す。エンジンの始動音と

ちょうどサビ前から流れるあの曲が

瞬く間に耳障りな雨音をかき消していく。

 

 

 

 

道中の車窓から見えるは傘の行進。

そういえばいつの頃からだったろう?

傘をさすようになったのは?

フロント越しに見える景色の先に

あの日の記憶が朧げに揺れているのが

見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人付き合いを好まない性格にも関わらず

八方美人な振る舞いと交友関係の広さが

災いして、飲みの席への招待が多かった

学部生時代最後の年、その日も酷い雨だった。

 

 

 

 

空模様が崩れ始めた夕刻前に

誰が言い出したのかも分からぬが

学科全体で飲みに行こう、

そんな話が持ち上がっていた。

 

 

 

 

教授陣まで巻き込んだ話となると

断りを入れるのにも神経を使う、

ここは三十六計逃げるがWINNERばかりに

本降りと本決まりになる前に

共有の置き傘を1本拝借し

こっそりと研究室から抜け出した。

 

 

 

 

玄関についた頃には頬をなぞる様な

生易しいものではなく殴る様な

暴力的な雨へと変わっていた。

普段はささない傘を拝借してきて

正解だったと思いながら玄関の先へ。

 

 

 

玄関の軒先まで歩を進めると

柱を背にしてWが立っていた。

淀んだ目の彩を浮かべながら、

眼前の曇天をぼんやり眺めながら。

 

 

 

 

 

「酷い雨だね。」

 

こちらに気が付くとWはそう言って

軽く苦笑いを作って見せた。

 

「まったくだ。待ち合わせかい?」

 

「ううん、雨脚が弱いから走れば大丈夫、

 そう思ってだんだけど、タッチの差でこれ。

 ちょっと呆けていました。」

 

「じゃあ、これどうぞ。どーせ研究室のだし

 他にもいっぱいあるから、

 またとってくればいいだけだし。」

 

そう言って傘を差しだすと

一旦は受け取ろうとした手が止まり、

代わりに少し薄い色の唇が柔らかに動いた。

 

「いいよ、それより駅まで入れてってよ。」

 

予想外の返答に

濡れた地面を激しく叩く雨音と

急激に早くなる鼓動が重なった。

 

 

 

 

 

 

Wとは同じ学科であったので、

何かの機会に会すればそれなりに話をする

そんな程度の関係であった。

たまに彼女の方から

一人喫煙所で呆けている僕に

他愛もない話をしにくることはあったが、

それ程、親しい間柄ってわけでもなく、

一番しっくりくるのが「知り合い」

そんな呼び名の関係性であった。

 

 

 

 

それにWはどこか個人主義というか

一人でいることを好むタイプに思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

華美ではないが綺麗で整った顔立ちと装い、

社交性もあり柔和な雰囲気を持つ

彼女であったが、何故だか思い浮かぶのは

一人で過ごしている場面だけだった。

昼食時の学食、家路を辿るであろう後ろ姿。

 

 

 

記憶の糸を紐解けば、

入学当初何人かの同期と連れ立って

楽しそうに笑っていたのは覚えている。

ただ、その光景が講義室で一人

窓の外を眺めているシーンの記憶に

上書きされていくのに

それ程、時間はかからなかったと思う。

 

 

 

ハブられている様な感じではなく

どこか彼女の方から人と距離をとっている、

そんな風な印象を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼女から「駅まで送ってよ。」

驚きと同様は隠せなかったが、

断る理由がある訳でもなし。

 

 

駅までの道すがら1本の傘の下、

普段より歩幅を少しだけ縮めるよう、

彼女の肩が濡れてしまわぬように

ガラにもなく気を付けながら歩き出した。

 

 

 

 

卒論の進行状況、4年間の思い出、

他愛もない会話を交わしながら歩く。

正直、少し緊張していたので

話すも聞くも半分くらいは上の空。

ここまでの会話については何を話したのか

なんてあまり覚えちゃいなかった。

 

 

 

 

「抜け出してきたんでしょ?」

 

突拍子もなく彼女は突っ込んできた。

 

「何のこと?」

 

解ってはいたがあえて聞き返す。

 

「飲み会の話。

 あんま好きそうじゃないもんね。

 何だかんだで断ってること多いから。」

 

「バレてた?なんか疲れるんだよね。

 2、3人だったらいいんだけど

 多人数だと面倒くさくなって、どうにも。」

 

「私もそうだから、だろうな、っと思って。」

 

「じゃあ、そっちもサボリだ。」

 

「正解!」

 

少しだけ緊張が解け、

雨を避ける傘の下の空間が

柔らかな空気に包まれた。

 

 

 

「それにしてもちょっと意外だったな。」

 

「何が?」

 

「駅まで送ってよ、ってこと。

 今日の飲み会の件もそうだけど

 あんま人とつるむの好きそうじゃない

 印象があったから。」

 

深く考えずに言ってしまったことを

すぐさま後悔した。

彼女の表情が少しだけ曇ったのが

解ったから。

 

「あー、・・・・そっか」

 

気まずい空気が流れ

無言で歩幅を合わせていたのは

1分にも満たなかっただろ。

責め立てる様に雨音が傘を叩く、

その時間は何時間にも感じられた。

 

 

 

 

「別に人付きあいが嫌いって訳じゃないよ。

 ただ・・・・苦手なのかな。」

 

ザーザーと激しく降る雨とは対照的に

彼女はポツリポツリと呟き始めた。

 

「人って集団になると、その場のノリ?

 そういうのを言い訳にして心無い事、

 平気で口にして・・・笑う人、いるでしょ?

 そんでそれに合わせなきゃいけない空気感、

 あるでしょ?そういうのがちょっと・・・

 私も人のこと批難する資格はないんだけど。」

 

「・・・・あのね、中学校の時にね。

 仲の良いグループがあったんだ。

 でもね、いつの頃からかある子のことを

 馬鹿にするような雰囲気が出てきたの。

 キッカケは些細なことだった思うの。

 最初はホントに仲間内で揶揄う程度、

 でも、どんどんエスカレートしていって。

 ・・・・その子、学校に来なくなっちゃたの。

 同じ小学校だったんだ、一緒に遊んだり

 一緒に学校から帰ったり・・・・」

 

「・・・・それなのに「そういうの止めようよ」

 その一言すら言えなかったんだよね。

 怖かったんだよね、、次は私の番になる、

 そう思っちゃって・・・・・

 それ以来かな、集団でいるのが嫌いになったの。」

 

「でも人のことはとやかく言えないよね。

 その子にとってみれば何もしなかった私も

 同罪だもんね。勇気がないから

 人と距離をとってるだけなんだよ。」

 

反射した雨粒が頬を濡らしただけだと

思いたかった。目尻から雫が一粒零れていた。

 

 

 

 

 

「・・・・ごめん、なんか嫌なこと

 思い出させてしまって。」

 

心から謝罪すると、一瞬ハッした感じになり

ビックリしたような表情で首を振りながら

彼女はこう返してくれた。

 

「ううん、全然だよ。・・・・実を言うとね、

 この話をね、したかったのかも。

 その子が学校に来なくなったのも

 こんな梅雨時の頃でね、雨降りの日には

 どうしても思い出してしまうの、いまだに。」

 

「今日もそうだったんだ、玄関で

 「あー雨強くなってきたどうしよう・・」

 て考えてたら、また思い出してきて。」

 

「そこへ君の登場ですよ、タイミング良く。

 聞いてもらいたかったんだよ、たぶん。

 だから「送って」なんて言ったんだね。」

 

雲の切れ間から覗いた空の彩を浮かべた表情で

肩の荷が下りたかのように

彼女は少しだけ軽やかな口調で話した。

 

「なら良かった、でも俺で良かったの?」

 

「うん、誰でも良かったって訳じゃないよ?

 君もどこか人と距離を置いているでしょ?

 知り合い多いのに一人でいること多いもんね。

 この線からは入らせないみたいな感じ。

 だから、わかってくれるかな、っと思って。」

 

「そっか。」

 

僕はそう一言だけ返しておいた。

 

 

 

 

「勇気がない」

彼女はそう言ったが僕はそうは思わない。

同調圧力に抵抗するのは大変なことだ。

そして、いくら意識をしてようが

「朱に交われば赤くなる」

その様な場に身を置き続ければ、

気付かぬ内に望まぬ自分に変わっている。

 

 

 

彼女は自身で選択をしている。

孤立というリスクを享受し

人の醜さから距離を置いた。

とても勇気のある人間の行動だと思う。

 

 

 

本当はこう言いたかったが、止めておいた。

 

それ以上の言葉は蛇足になる気がしたから。

 

 

 

 

駅に着き改札を抜けると別々の乗り場へ。

別れ際、彼女が言った。

 

「今日はありがとね。本当言うとなんだか

 今日気持ちがしんどかったんだ。

 雨もそうだし、思い出したことも。

 でも、気持ちを吐き出せて楽になったよ。

 あのまま一人で帰ってたら、

 家でも嫌な気持ちで過ごしてたかも。」

 

 

帰宅時の人波に消えていくまで見送っていた、

その背中は少しだけ凛として、美しかった。

澄み切った青空みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者を叩く」

目的地へと向かう車中には名フレーズが響き渡る。

 

 

 

 

あの頃、傘もささずに歩いていた僕は

どこへいったのだろう?

 

 

 

職場で平然と蔓延る陰口の風潮と

諦観している僕。

勇気ある彼女とは違い、

失うことを恐れ、離れることも出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

再燃するコロナ感染者数の増加に伴い

魔女狩りの風潮もまた至る所で再発している。

 

 

 

特定の業種を槍玉にあげたり、

感染者の特定をしたり。

何の生産性もない娯楽としての悪意が

悪びれもしない集団の中で流行している。

 

 

 

不安や絶望、誹謗中傷の雨の中

誰か一人でも分かってくれる人がいる、

そんな1本の支えがなければ、

雨は痛みへと変わっていくことだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、僕らは一つ傘の下、

降りしきる雨の中を歩いた。

彼女は抱えていた痛みを吐露してくれた。

あの一時だけでも彼女の支えになれていた

そう思っていたい、

延々と続く雨の日の中で、こんな日々の中で。

 

 

 

 

 

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