雨と背中とタバコの匂いと

 

 

 

たまの雨なら悪くはないが

こうも続くとさすがに気が滅入りそうになる。

規則的な雨音が記憶のドアをノックすれば

雲の切れ間から見上げた青空のように

忘れかけていた想いが少しだけ顔をのぞかせる。

 

 

 


道端にウルトラマンの人形が落ちていた。

クローズショットで切り取れば、妙に絵になる光景。

降り続く雨の中、横たわるウルトラマン

死闘に傷つき倒れ、それでも立ち上がるヒーロー。

そんなストーリーが自然と浮かんでくる。

 


ヒーローて言葉で連想するのは誰だろうか?

子供の頃に憧れていたマクガイバー

ギターを始めるきっかけだったロックスター?

イマイチしっくりこない。

 


お父さんや近しい人物を挙げる人も多いだろう。

それぞれが違ったヒーロー像を持っているもんだ。

 


白驟雨の旋律が思い出させてくれたのは

ネイキッドバイクと大きな背中、それとタバコの匂い。

 

 

 

 

 

 

 


中学校も卒業式を終えた最後の春休み。

別々の高校に進むことが決まっていた僕らは

誰が言い出すわけでもなく連日のように

集まっては一日中遊び回っていた。

 


それぞれが新しいスタートを切り、

自分の世界を広げていく。

歩みを進めた先にて振り返れば、

いつの間にか隣を歩いていた仲間の姿は

過去の残像に変わっている。

そんなことを感じていたからだと思う。

そういうものだってなんとなく解っていたから。

 


春休みも残すところわずか。

皆が集まれるのはこれが最後の日。

僕らは自転車で海に出かけることにした。

 


待ち合わせ場所は国道沿いの釣具屋。

愛用のMTBにまたがり道を急ぐ。

     「ガギッ!」

異音と共にペダルが空転する。

チェーンが外れギア間に挟まっている。

 


ナップザックに入れていた工具を取り出し

試行錯誤するも上手く外す事が出来ない。

刻々と集合時間が近づいてくる。

仲間に連絡をしようにも

当時は携帯なんてものは普及していない時代。

 

 

国道にて一人途方にくれている僕の横を

一台のバイクが通り過ぎ、路肩に停車した。

皮ジャン、サングラスにヒゲ面、咥えタバコ。

いかにもなオジサンが降りてこちらへ歩いてきた。

 


僕と自転車を一瞥すると

「待ってろ。」と一言だけ。

ギア付近とチェーンの状態を確認したかと思うと

慣れた手つきであっという間に故障を直してくれた。

 


修理を終えるやいなや何も言わず

スタスタと路肩に止めたバイクへと歩き去っていく。

あわてた僕はバイクに跨ったオジサンの背中に向けて

力いっぱい「ありがとう!」と叫んだ。

オジサンは背を向けたままサムズ・アップを返し

そのまま走り去っていった。

 


オジサンのおかげで無事に仲間達と合流。

中学生活最後の冒険に出かけることが出来た。

目的地の海に落ちそうになって、

わりとガチ目に死にそうになったことですら

今ではいい思い出の一つだ。

 


そしてあの時の仲間が一同に会したのは

やはりこの時が最後だった。

 

 

 

 

 

 


時は流れて3年後、

高校生活も終わりに近い春間近。

出ても出なくても良い自習だらけの日々。

 


あまりにも天気が良かったものだから

午前は自主休校に決定。

通学路途中の川辺に寝転びタバコをふかす。

ウォークマンからは「トランジスタラジオ」

思春期だけに感じることが出来る

特別な時間を満喫していた。

 


気が付くと正午近くになっていた。

今から急げば学食に間に合うな、

そろそろ学校にでも行ってみるかと

起き上がり伸びをする。

 


ふと開けた視界の先には

半べそかいた男の子、その脇には倒れた自転車。

自然と僕は彼の方へ歩み寄っていった。

多分、何も考えていなかったと思う。

 


「待ってろ。」僕も一言だけ。

自転車の状態を確認するとあの日と同じ。

チェーンが外れているだけだった。

幸いなことに僕の技術でも簡単に直すことが出来た。

 


ペダルを回し車輪の状態を確認し終えると

油で汚れた手をジーパンで拭きながら

自分の自転車の元へと向かった。

中越しからは「ありがとう!」の声が届いていた。

 


さすがにサムズ・アップが様になる年齢でもない。

振り返ることなく軽く手だけ振っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ヒーローというものは

本来「特定の存在」を指し示すことでなく

きっと「行為」を表す言葉ではないだろうか。

 


僕は自分から面倒事に首を突っ込むタイプてはない。

でもあの日の僕は違っていた。

そうすることがさも当然の事であるかの様に

男の子の元へ歩み寄っていた。

 


あの男の子も似たような場面に遭遇すれば

必ず同じことをするだろう。断言出来る。

彼と僕はきっと同じ背中を見ていただろうから。

もしかしたらあの日のオジサンもそうだったのかも。

 


そうやって受け継がれていくものなんだろう。

名前も知らない人から人へと、時代を超えて。

あの日受け取ったバトンを

次に引き継ぐことが出来た僕は幸せだったと思う。

 

 

 


大きな背中とタバコの匂い。

これが僕のヒーローにまつわる思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

ところで、未だ帰れず会社にて

書類の山とにらめっこ。

いない、いない、ばあ!

してみたとこで消えないよね。知ってた。

五月蝿いお局バアが既に帰社しているだけ幸運。

 


僕のカラータイマーは点滅を止め真紅に灯る。

さあ世界中のヒーロー達よ、僕の窮地を救うのだ。

バトンよりもむしろ残務を引き継いでおくれ。

 


今日の現実逃避はこれにて終了。

 

 

  

 

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ
にほんブログ村