誤スペルが響く夜 25時

 

 

 
初夏の候、皆様におかれましては
益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

 


事の発端はそんなテンプレ時節の挨拶。
昨今の気候変動事情を考慮し、
そぐわぬ時節の挨拶にならぬ様
グーグル先生に教えを乞う。

 


「時節の挨拶」と打ち込んだはずが
「自殺の挨拶」と打ち込んでしまった。
ブラック社畜がブラックなワード検索。
苦笑いで検索し直すも、残るは検索履歴。
あらぬ噂がロンリーウォーク。

 

 

延々と続くトラブル、
自粛生活で積もるストレス。
起こらぬやる気と
冴えぬ表情で淡々とこなす業務。

 

 

ここに加えて件の検索履歴、周囲からは
「何かヤバイんじゃないのか?」
という眼差しにて腫れ物を扱うが如く
接して頂いていたようだ。

 

 

 

「最近、元気ないように見えますけど
 大丈夫ですか?何か話したいことがあったら
 いつでも言って下さいね。」


気遣いの声掛けに有難さと共に
一抹のバツの悪さを感じる。


「いや~、前から考えていた退職時期を早めようか
 悩んでいたとこにコロナ騒動でしょ?
 んもう嫌になっちゃって~。」


根が不真面目な人間故、思い詰めるまでは至らぬ。
周囲からの心配と抱えている悩みの大きさが釣り合わず
申し訳ない様な居心地の悪さを感じる。

 

 

そんなもんで最近では定時で即あがり、
注文の多い料理店とタメ張る位に
居心地の悪い職場を抜け出し、
目指すは心休まる居心地の良い空間。
口数の少ない喫茶店か深夜のファミレス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


深夜のファミレスという空間は
少しだけ社会の枠組みに息苦しさを
感じる人間にとっては特別な場所となる。
一時的なシェルターの様なものだ。

 

 

社会からは完全には切り離されていない、
ミシン目の入った時間と空間。
繋がっている様で隔たりは確かに存在する。
一人存在することが許される、
無機質故に優しく感じてしまう世間との距離感。

 

 

学生時代、先に進んでいく仲間から
取り残されたみたいな感情を整理していた時、
人間関係に疲れ、一人部屋で過ごすことすら
いたたまれない気持ちを処したかった時、
窓際の喫煙席は優しく迎え入れくれた。

 

 

一人で過ごす時だけでもなかった。
お互いに一歩が踏み出せなかった
微妙な関係性であった相手と
夜を過ごすには最適な場所だった。

 


毎週の様に連れ立っては何を話すともなく
時間を共有し、距離を縮めていった、
特別な時間と空間の魔力を借りて。

 

 


店内を見渡せば夜中だけに垣間見える
刹那的な人間模様も見聞きすることが出来た。
訳アリ風な年の離れたカップルの会話、
下手糞なマルチ商法の勧誘風景。
こんな夜中に?と疑問符がつく時間帯に
楽し気に食事を楽しむ老夫婦や家族連れ。

 

 

様々な人々の人生の一場面が月下美人の如く
淡く、静かに一晩だけの花を咲かせる。
誰の目に留まることなく、記憶に留まることない
小さなサブ・ストーリーが流れ、消えゆく。

 

 

一定の距離間を暗黙の了解に乗っ取り
清濁が混在できうる懐の広い時間と空間。
柔らかな寂しさと静かなる包容力に癒され
泡沫の一時から重い腰を上げ、歩き出す。

 

 

無神論者である僕にとって
深夜のファミレスで一人過ごし、
考え事に耽るという行為は
教会へと足を運び、懺悔と祈り、賛美歌に
心を洗う行為に近しいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たなる生活様式の影響は大きかった。
ジョイフルの200店舗閉鎖のニュースに衝撃を受けた。
避難所と共に思い出の場所を奪われたという
喪失感に包まれている。

 


今後、ファミレス業界では生き残りをかけ
無駄を省くようにスリム化された経営形態へと
業界全体が動いていくことだろう。

 


店舗閉鎖や営業時間の見直しはその最たる例。
ファミレスの深夜営業自体が無くなっていく
可能性は高い。

 


あの少し冷たくも柔らかな逃げ場所は
失われた文化になってしまうのだろうか?
止まり木にも似た不安定な心地よさは、
少しだけはみ出した者にとって必要な安らぎ。

 


羽を休めることの出来ない渡り鳥たちが
祈りを込めて謳う25時。Joyfull,Joyfull.
窓越しの喫煙席にて賛美歌を口ずさむ。
新たな止まり木を見つけられるよう願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、何が一番悲しいって中年男が
人目を気にせずチョコパフェを堪能できる
時間と空間を失うのが何より辛いのよ。

 

 

頑張れファミレス業界!
街道沿いの喫煙席より愛を込めて。

 

 

末筆ながらファミレス産業のご発展を

心よりお祈り申し上げます。

 

 

 

 

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ
にほんブログ村